『萩、 木戸孝允邸』

更新日:2018/10/05

幕末長州の有名人のひとり、桂小五郎の生家が萩に残っています。
桂小五郎は幕末動乱期の長州の代表者であり、徳川幕府にとって第一級のお尋ね者でありながら、
明治マデ逃げ切って、重鎮「木戸孝允」となった人です。
小説の中では、「逃げの小五郎」とか「慎重居士」とかネガティブなニックネームを付けられています。


床の間の右側に庭があります。
二間続きの部屋が庭に面していますが、質素な造りで贅沢な木材は使われていません。
この部屋の場合、床の間の左側は筆返しではなく書院のような設えです。


庭に面する部分は小さな縁側になっていて、二部屋分の雨戸は一直線に閉めるようになっています。
開け閉めの際に雨戸をダイレクトに扱えるように戸袋はありません。

かつて、日本家屋は「夏」対策をメインに考えられていました。
南側には石や砂の庭を設け、北側には日陰で枯れない樹木や草木を植えた庭を設けて、
南庭に面する部屋の軒庇はぐっと深くしておくのがセオリーでした。

深い軒庇は夏の日差しを有効に遮りますし、
南庭では石・砂が熱くなることで上昇気流が起こり、その負圧が北庭からの涼風を呼びます。
快適に暮らすために自然と上手に付き合っていたということですね。


以上です。